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パパの子育て体験記

パパの子育て体験記

理論派・実践派、各界の著名人が、それぞれの「男の子育て参加」実体験を率直に語ってくれました。
「大きな声であいさつ」が教育方針。駄目だしは失敗のあとで。

風見 しんご (タレント)

PROFILE(かざみ・しんご)
1962年広島県生まれ。82年テレビのバラエティー番組『欽ちゃんの週刊欽曜日』でデビュー。歌手として83年、『僕、笑っちゃいます』で日本有線放送大賞・最優秀新人賞受賞。現在、テレビのレギュラー番組多数のほか、映画、ビデオ、舞台などでも活躍。98年には長野オリンピック聖火リレーランナーとして広島市内を走った。

風見 しんご

「君、芝居は下手、芸もない。でも声が大きい。だから合格! 声が大きくなければ、人に気持ちは伝わらないんだから」

 僕が芸能界入りするきっかけとなったオーディションで、恩師・萩本欽一さんはこんなコメントを寄せてくれました。大きな声で育ててくれた母親に、本当に感謝したい気持ちでいっぱいでした。そしていま、娘にあいさつしたり、自分の意見を言うときには、大きな声が出せるように育てています。

 娘の出産のとき、実はその数日前、野球をしたために全身筋肉痛で起き上がれないような状態でした。でも奥さん(僕は妻のことをこう呼んでいます)の「生まれるぅ!」の一言で飛び起き、車に乗せて病院に運ぶことができました。その日一日だけはまったく痛みを感じず、すっきりとした気分だったことをよく覚えています。

 奥さんとの話し合いで、出産のときは立ち会いはせず、分娩室の外で待つことにしていました。出産という神聖な場に、自分のような者がいていいのか、共同作業と言うけれど自分に何ができるのか、自信ないなーというのが正直な気持ちでした。

 大好きな野球に例えるなら、奥さんはピッチャーで、僕はピッチングコーチでしょうか。信頼するピッチャーをマウンド、つまり分娩室に送り出す。マウンドの外では精一杯、協力し激励するものの、いったん送り出してしまったら、よほどのことがない限りだれもピッチャーマウンドには近づくものではない、と思えたのです。

 無事、出産を終え、「抱いてあげてください、お父さん」と、看護婦さんが娘を差し出してくれました。しかし、お父さんと言われても実感がなく、壊れてしまいそうな小さな子をどうやって抱いたらいいのか戸惑うばかり。緊張のあまりすぐには手が出ず、思わず「いえ、結構です」と言ってしまいました。先生や看護婦さんは大笑いでした。

 うちでは親のことを「チチ、ハハ」と呼ばせています。タレントの家庭として何か個性的な呼び方はないか、二人で話し合っていたころ、たまたま見たドラマの家族が「チチ、ハハ」と呼んでいて、大変素敵な家族だったので、うちでも使うことにしたのです。そして娘が「チチ」と呼んでくれた時、やっと「父親になれた」と実感できました。

 子育てで決めているのは、危険を伴わない限り、頭ごなしに「だめ」とは言わないことです。だめなことを体験させて、分からせてから、「だからだめなんだよ」と言い聞かせるように決めているのです。

 ただ自由奔放なだけでなく、自慢の大声と大げさな芝居? でしかるのは僕の役目です。例えは悪いのですが、奥さんがしかるのをミサイル弾とするのなら、僕のは最終兵器だと言っています。これが出るようでは世の中おしまい、それまでになんとかしなさい、と。それくらいの威厳をもった父親でありたいと、これも奥さんと話し合って決めています。

資料:月刊こども未来

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