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「子育てする人へ」

トップインタビュー「子育てする人へ」

「子育て」が楽しい時代、になるために
子どものためにも大人のためにも、新世紀は子育てに新しい物語が必要ではないでしょうか。各界の著名人に、それには何が必要かを伺います。

五味太郎さん写真 根本的本能が、一番大きなエネルギー 五味太郎(絵本作家)

 『みんなうんち』という絵本を開いて、わくわく笑い出したい気持ちになるとき、『らくがき絵本』を開いて、ついペンを探してしまうとき、「楽しい!」と思わない人はいないのではないでしょうか。 そんな「楽しい」ことを生み出す五味太郎さんに、今、子どもについて、子育てについてお話をうかがってきました。「楽しい」のコツが、いっぱいつまったお話でした。
五味太郎(ごみ・たろう)
1954年、東京生まれ。桑沢デザイン研究所ID科修了。工業デザイン、グラフィックデザインの世界から、絵本を中心とした創作活動に入る。 ユニークな作品を数多く発表、その著作は300冊にも及び、子どもから大人まで幅広いファンを持つ。絵本のほか、エッセイ、服飾デザイン、アニメーションビデオなど、さまざまな分野で活躍。 主な著書として『みんなうんち』『らくがき絵本』『ことわざ絵本』などの絵本のほか、『じょうぶな頭とかしこい体になるために』『大人問題』、句集『象』などがある。サンケイ児童出版文化賞、ボローニャ国際絵本原画賞、路傍の石文学賞など受賞多数。
原始的なことは、カッコつかない
生まれてきて「育つ」のは子どもの意思。「育てる」ものではない。  子どもができることって、すごく原始的でカッコつかないことだと思うんだ。ある仲良しのふたりがいて、ほんとに仲がいいもんだから、一緒に寝ていたら、セックスをして、なんか盛り上がっちゃって、うれしいなあって、後で、それが子どもができるってことだったのね、ってわかる。 これはもう、何はともかく、あまりおしゃれなことじゃないわけですよ。パンツ脱いでるのに、カッコつけて、「それでは、ひとつよろしくお願いいたします」ってことじゃなくて、カッコ悪くて、笑っちゃうようなことなんだ。それが基本なんだよ、たぶん。 もうちょっとカッコつけましょうとか、合理的にいきましょうっていうのが、「文化」ってやつなんだけど、その根っこには、根源的な原始的な本能的なものが一番大きなエネルギーとして動いているはずなんだよね。
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俺って、おじいさんなんだよね
 僕なんかは,最初の子どもがうまれるとき、「今年の8月に赤ちゃん生まれるわよ」って言われて「ああ、そうですか、よろしくお願いします」って言っただけでさ。 それが今28歳の長女。次に「来年もなんか生まれるみたいよ」、「あ、よろしくお願いします」っていうのが、今27歳。それからずっと穏やかに暮らしてたら、また別の女性に「なんか赤ちゃんが生まれるみたいよ」って言われたのが48歳のときで、今、その子が7つ。 27歳の次女が、ついこの間子どもを産んだのね、だから、俺、おじいさん。周りが「おじいさん、おじいさん」ていうから「ほんとだよね、おじいさんだよねー、でも複雑だよねー」とか言って。
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なんか来るなあ、という感じ
 俺は二人の女性の話しかわからないけど、赤ちゃんってそろそろ来るもんなのよ、どうも。なんか来るなあ、っていう感じがあるんだって。 で、この子だったのね、あらやだ、いらっしゃいませ、みたいな。それで、生まれてくると、子どもってあんまりちっちゃいもんだから、何とかしなくちゃと思うのが、子育て。 まあ周りにタオルでも敷いとこう、苦しそうだから背中さすってやろう、とそんな感じで気がついていく。 そのうち、歯が生えてきました、「しかしさあ」なんて生意気な言葉を使うようになりました、気がついてみると、その子がまた子どもを産みました、と。どうも、そういうものなんだ。
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生まれてきて、育つのは、子どもの意志
 今、子どもたちを見てると、「こいつらにだまされたな」っていう感じ、あるよな。 生まれ出る先から、まあよく親使うこと。だから、生まれ出る意志っていうものを、非常に強く感じるね。陣痛っていうのも、子どもの方から、「生まれる用意ができました、出ます」っていう信号なんだってね。 親の方が「出す」んじゃないわけ。だから「育てる」んじゃなくて、「育つのをサポートする」というのが子育ての基礎的構造なんだろうと思う。理論で「どう育てるか」じゃないんだ。
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文化の前にある、根源的本能
 たとえば「食べる」ということも、「どう食べるか」じゃなくてとりあえずお腹が減っている、というのが根源だよね。 なにしろめちゃくちゃ腹が減っていて、そしたらラッキー! 電器釜のなかにご飯がちゃんとありました、もうおかず作ってる場合じゃない、ってそうやって食べるご飯。 それ、食文化がどうのこうの以前の問題だよね。この根源が見えなくて、文化のところからはじめると、最初に食器買ってきちゃったりするわけだよ。 ところが実際は、お腹すいてしょうがないから、店屋物とっちゃおう、ってことになったりする。そこに不安が出るし、無駄が出るし、トラブルが出る。
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文化って不自由を楽しむこと
みんなに誉められるのを目標にやってると自分が見つからないよ。  よく「こう考えればいいんですよね」っていう理論があるよね。たとえば、「もっと自由に絵本を読んでいいんですよね」って言われるんだけど、絵本を自由に読む、っていうの、実はよくわかんないんだよ、俺。 できれば不自由がいいね、っていうくらいで。子どもってよくわざわざ目隠ししたり、わざわざ馬になったり、「不自由あそび」をするじゃない。それが文化なんだよ。 ふつうに「歩く」のが退屈で、ちょっと縛った方が面白かろうっていうのが文化、わざわざ二人三脚にしてコケたりして喜んでるのが文化。
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根源を忘れると文化は難しい
 これが、文化から始まっちゃうと、まず二人三脚から入っちゃって、移動するのが苦しくなっちゃうわけだよな。 ふつうに歩きゃいいじゃない、っていうのを忘れちゃってると、移動っていうのも、かなり難しいことなわけよ。 たとえば、どっかに行くのも、タクシーに乗る、バスに乗る、新幹線に乗る、またタクシーに乗って目的地に着こう、と思うと、タクシーがない、となったら行動不能だよね。 それを避けるためには、細かーい根回しをしとかなくちゃいけないでしょ。そういう段取りをすることで旅行は出来る、仕事はできる、でも育児はなかなかできないんだよね。
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根源を忘れると、子育ても難しい
 全部、段取りを確認して、安心するっていう行動をとれば、それはどっか欠落出ますよ。そうすると、それがむちゃくちゃ不安になるじゃない。 子どもにぶつぶつが出た、思い通りにならない、って。子どもをどう育てるかという以前に、子どもが育つのがおもしろいってこと、それからもうひとつ、育つやつの問題だから、こっちの問題じゃないんだっていうのが、根源的で原始的で本能的な話だよね。 今の、文化が固まれば固まるほど、しっかりすればするほど、根源的原始的本能がどんどん薄れてくるから、根っこが不安なわけよ、みんな。
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ちゃんと生きてたら、わかること
 今、ご老人が年金貯めちゃうんだよ。で、聞くと「老後のため」って、いや、もう充分老後だろうって(笑)。自分の命がいつまでなのか、それがわかるかというのが本能なのね。 俺の父親にしろ、おじいさんにしろ、おばあさんにしろ、「もうそろそろかなあ(寿命が)」ってだいたいわかってた。ちゃんと生きてたら、ほとんどわかるんだって、ありがたいことに実際に見てきてるから、俺もわかるだろうって、自信持ってるの。 それは、暮らしのほかの部分部分でも、わかるはずだよ。ちょっと寝ないとまずいなとか、このご飯は食べられそうとか。
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男にも生理がある
 僕は、今、こういう仕事していて、「今日、絵描けないなあ」ってわかるよ。描けるときは、起きたときに「ああ、今日くるなあ」ってわかる。「うーん」ってうなったことはない。だって、今日来ない、っていうときは来ないもん。 で、来るときは来る。面白いことに、男にも生理があるんだよ、きっと、なんか2週間周期くらいで。なにしろ、好調なときっていうのは、もうまったく理屈なく絵をどんどん描ける。この色、って考える前に、次のカラーインク出してるよね。 それが鈍くなってきて、えー、ここ、何塗ろうって考えるときは、低調期に入ってきてるわけだよ。そしたら、屁理屈がいいんだよね、そういうときは。世の中、何が間違ってるか、なんて考えて文章書いたりして。好調期にはまとまんない、そんなの。そういうのと、人生も同じだろうと思うわけだよ。
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