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関野 吉晴さん
(探検家)
PROFILE(せきの よしはる)
1949年東京生まれ。一橋大学在学中に探検部を創設し、アマゾン川全域を下る。75年に同大学を卒業するが旅を通して医療知識の必要性を感じ、横浜市立大医学部入学。82年に卒業し医師免許取得。99年第3回植村直己冒険賞を受賞。写真集『グレートジャーニー』など著書多数。 |
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| 違う文化と向き合う姿を見てもらう |
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中学二年生の娘がいます。娘が生まれて二年ほどしたころから僕は世界中へ旅行に出かけたので、それからは子どもとのコミュニケーションを含め育児のほとんどが母親頼みです。
保育園の送り迎えをしていたころ、娘の友だちの男の子は多少手荒な遊びをしても大喜びで近づいてきました。でも娘は女の子なので、僕はどうやって遊んであげたらいいかが分からなかったですね。小学校へ入学する前、近所の多摩川に連れて行ったとき、急に娘が「トイレ」と言い出しました。「その辺でやれ」「ティッシュがない!」「その辺の枯れ葉でふいとけ」という掛け合いが続き、しばらくして、「のどが渇いた」と言うんです。目の前に自動販売機はあったんですが、お金を持っていなかったので「川の水でも飲んでおけ」と言ったら、二度と一緒に多摩川に行きたがりませんでした(笑)。それでも最近では僕の考えが分かるようになってきて、僕の話を母親相手に分かりやすく伝えてくれます。
旅に出ている間は、家にいるのが一年のうちで二〜三カ月ということもざらでした。それでも、安全で体力的にもきつくないような旅には妻と娘を呼びましたので、娘は三歳ぐらいからペルー、グアテマラ、メキシコ、アメリカ、アラスカ、ネパール、アフリカと、けっこう外国を一緒に旅してきました。僕自身が好きなことをすること、そして違う文化と真剣に向き合う姿を見てもらうこと。大きく言えばこれが僕流の娘とのコミュニケーションかもしれません。
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| 子どもに対して言い続けること |
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アマゾンと極北の人々は、とにかく親が子どもに手取り足取りして何かを教えたりはしません。子どもの方がお父さんやお兄さんを見て、自分で痛い目に遭って覚えていくんです。昆虫も人をかんだり刺したりするのがいる。植物にもとげがある。そういう状況の中でも自分で獲物を捕らなきゃ生きていけませんから、どこへ行けばどういう動物がいるかを自分の体で覚えていきます。そこではあくまでも自然が先生で、マニュアルは存在しません。つまりしつけや教育の最終的な目標は、厳しい環境で自分一人でも生きていく能力、放り出されても生きていける力である、という大前提があるんです。もちろんそれはアマゾンや極北だからですが、思い通りにはいかない現実を前にしての生きていく力ですね。一昔前の日本では大家族の中で、自然に我慢することや、思い通りにいかないことがあることを覚え、対処するための知恵も身につけていきました。それが核家族、少子化の昨今、子どもが甘やかされている状況では、何でも思い通り。そういう意味での大人への成長が難しいのかもしれません。その一番の壁になるべきなのは父親や身近な大人だと思うんです。僕はあまりガツンとは言わずにきてしまったので、妻がそれもやっていますが(笑)。思い通りにはならない現実の中で何よりも大切なのは、人が言ったり、書いたりしていることを正しく理解すること、また、自分の思いを正しく表現すること。その中で自分の好きなものを見つけ、自分で問いを立てて答えを探し続けることだと思います。そのためにも今はとにかく本を読むように言い続けています。僕にできるのは言い続けることで、そうすればいつか分かるときもくるだろうと思っているんです。 (談)
資料:月刊こども未来
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