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「男の子育て」、ご意見番

「男の子育て」、ご意見番

父親にとって「子育てにどう関わるか」は重要なテーマ 「男の子育て」について、父親、母親の立場から、男性と女性に「ご意見」を伺います


お産も子育ても、夫婦で考えが一致。妻の心身のつらさを夫がサポート
船曳 建夫 (文化人類学者)

PROFILE(ふなびき たけお)
 1948年東京都生まれ。東京大学教養学部卒業。ケンブリッジ大学大学院社会人類学博士課程修了。現在、東京大学大学院総合文化研究科教授。フィールドワークをメラネシア(ヴァヌアツ、パプアニューギニア)、ポリネシア(ハワイ、タヒチ)、日本(山形県庄内平野)、東アジア(中国、韓国)で行う。著書は『知の技法』(共編著)『二世論』など。

船曳 建夫

 現在十九歳から二十八歳までの、四人の子どもを育ててきましたが、自分の子育てを説明するとしたら義務感、あるいは”つとめ”です。義務感というと「嫌々やっている」と受け取られかねませんが、そうではありません。

 私の両親は男女平等を貫き、三人の姉を含め、「女だから」「男だから」という言われ方をしたことはありません。自分が親である前に子として、このような両親を高く評価しています。こうして育てられたのだから、私には子どもを育てる義務がある―という意味です。一番下の子が高校三年だった昨年、「これで最後か」という思いもあり、PTAの役員も務めました。これは私の義務感を端的に表しています。

 妻は出産の一時期を除き仕事を続けてきた、クールで強い、自立した人です。出産のときも不安を見せたりせず、直前まで仕事をしていました。

 初めての出産のとき、「なかなか生まれないね」などと話しながら、二人で歩道橋を上がったり下がったりもしていました。生まれる直前、妻は子宮が収縮する時間や強さを自分で折れ線グラフに表し産院に提出。「経産婦か」と驚かれました。

 このように妻は自分のことは自分で考え、何でも一人でできる人ですが、出産に対する考え方を含め、二人の考えはよく一致しています。そうでないと四人も産めません。

 妻は子どもに自己犠牲を払ってでも母としてつとめる―というタイプではありませんが、実際には実に古典的に自己犠牲を払ってきました。私もいろいろしたつもりです。例えば四人の朝の送りは全員、私がやりました。十何年も続けました。低血圧で朝は苦手なので、当時は本当にきつかったですね。それでも子どもに使った時間は九対一(私)くらいでしょう。

 現状では、子育ての負担はどうしても母親に偏重することを前提に、「仕事を続けたくても中断せざるを得ない無力感」など、「女だから当たり前」ではなく、妻の心身のつらさを夫がサポートすることには大きな意味があります。

 義務感という言い方しかできませんが、子育てが楽しいか、楽しくないかはまた別の話。おおいに楽しみました。やりがいも感じています。四人の誕生祝いは工夫を凝らして欠かさず続け、成人したころに一緒に外国に旅行しています。高校生くらいのときは、大学のゼミの旅行にも一緒に連れていきました。大学での授業は、学生という、私にとっての”よその子”に対する子育て、と考えています。

 自分のしてきた仕事と子育てとを比べることもできませんが、死ぬ間際に「生涯何をしてきたのか」と問われれば、「子育てをした」と答えるような気がしてしまいます。

 こんな私の子育てを、子どもたちなりに評価、批判していますが、子どもたちと本気で話し合ってきたことは評価してくれています。

 いまでもそれは続けています。子どもたちが親になるときに、一番の基礎となるのは自分が育った体験であると考え、彼女・彼らの子育てに益するというつもりで、いまも議論しています。(談)

資料:月刊こども未来


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